壮大な出雲神話の世界♪ NO.3 国譲り神話 |
2012年 09月 12日 |

国主命は少彦名命と協力してこの出雲の国を治めておられました。
その後高天原の天照大神が、出雲の国はわが子が治めるべきであると仰せられ、使いの神様を大国主命のもとへ1人目、2人目と派遣するが、返事が無かったり、また大国主命の娘と結婚したりして国譲りの要求をしなかったのでありました。
そこで3人目の神様は、勇猛果敢な神様を派遣しその交渉に当たらせました。
大国主命は「私はいまは隠居の身であるので、わが子事代主命に聞いてください」と言った。
そこで、美保関にいる事代主命のもとへ使いの神様が船で派遣され、
事代主命は「この国は天照大神の御子に譲るのがよろしいでしょう」とお答えになり、承諾として天逆手(あめのむかへで)と言う拍手を打たれて大英断をされたのであります。
≪これが12/3の諸手船神事:もろたぶねしんじ≫
そして事代主命は今乗ってきた船を踏み傾け,青い柴の垣根に変じ、その中に隠れられたのです。
≪これが4/7の青柴垣神事:あおふしがきしんじ≫
ところが事代主命の弟の神様は、国譲りに反対して力競べに挑まれました。しかし負けてしまい,信濃の諏訪湖まで逃げ承諾しました。
そこで勇猛果敢な神様は、大国主命に再度国譲りの意思を問うと、
大国主命は「ただ一つのお願いは、国を譲る代わりに、高天原の御殿と同じような大空に千木が突き出た立派な御殿を建てていただきたい。」と答えました。
そこで勇猛果敢な神様は、出雲の国に立派な御殿を建てたのでありました。
≪これが出雲大社の始まり≫
クライマックスである国譲りの場面でも、美保関は重要な歴史の舞台になったのです。
この国譲りの神事を何百年もの間、永遠と執り行っているのが、有名な美保関の諸手船神事と青柴垣神事であります。
また事代主命の弟の神様を祀ったお社が美保関にあり、美保神社の末社になっています。
この写真も美保神社にある国譲りの絵馬です。
by nabeya_b | 2012-09-12 12:28